デス・オーバチュア
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姉さんは、とても大らかで優しい人だった。 そう、あの『魔女』が現れるまでは……。 「ぐうぅぅぅ……!?」 突然の頭痛がフレイアを襲った。 凍結されていた情報(記憶)が内側から溢れ出すように脳裏へ拡がっていく。 「わ……私(わたくし)の名はフレイア・ア……あ、姉の名はフレア……兄の名は……くうう……あああっ!」 記憶の復活は激痛を伴っていた。 「…………」 そんな彼女を魔女が無機質な黄金の瞳でじっと見つめている。 「……ま……魔女……私と姉さんの命を奪った……?」 「ええ、そうよ。私は魔女……代価と引き替えに人の願いを叶える現象概念(モノ)……」 魔女アリス・ファラウェイの左手の袖口から、滑り落ちるようにして漆黒の扇子が現れた。 「そして、あなたは魔女(私)へと捧げられた哀れな魂(生贄)……」 アリスが開いた扇で口元を覆った瞬間、周囲の空気が一変する。 「な……何をしましたの……?」 空気……いや、世界の変化をフレイアも感じ取った。 「ちょっとこの辺一体を世界から切り離したというか……位相をズラさせてもらっただけよ」 「位相をズラす……?」 「局地的異次元化、空間凍結……まあ要はありきたりな『結界』とでも思えばいい……」 「結界……私を逃がさないための檻(もの)ですか?」 フレイアは右手の薬指に赤い鈴を出現させ、いつでも戦闘に移れる体勢をとる。 「それもあるわ……でも一番の目的は彼の目を誤魔化すこと……」 「彼……?」 「お喋りはここまで。彼の目を誤魔化せる時間は限られている……さっさと私の物になりなさい!」 アリスは漆黒の扇をフレアに向けて突きつけた。 すると扇の前に黒い光が集いだし、渦巻きながら巨大な球体と化していく。 「重渦収斂弾(じゅうかしゅうれんだん)!!!」 「くっ!?」 黒渦の巨弾は、フレイアに赤鈴を転化させた薙刀を振り下ろすことを許さなかった。 転化した薙刀が振り下ろされるより一瞬速く、黒渦の巨弾がフレイアを呑み込んでしまう。 「弾け散れ!」 扇がパチンと閉じられた瞬間、黒渦の巨弾が発散(大爆発)した。 「ひとの物真似ばかりしやがって……このパクリ野郎が……」 空へと打ち上げられたガイは、宙返りして足から地上へと着地した。 彼の全身には無数の浅い切り傷が刻まれている。 「ほう、螺旋の衝撃波や高速移動での斬舞に『特許』があるとは知らなかったな」 赤と黒の衣装を纏った女は、血塗られた自らの右手を見つめていた。 この小さくか弱そうな右手(手刀)こそガイを切り刻んだ凶器なのである。 「ちっ……」 ガイは口惜しげに舌打ちした。 烈風、旋風、そして一塵法界……この女はガイの剣技を悉(ことごと)く素手で再現してくる。 「この程度の技など誰でも辿り着く(思いつく)……いや、この程度のモノは技とも言えぬ……」 「何だと!?」 「ふん」 女が右手を下から上へ振り上げる、ただそれだけ『烈風(烈しい風)』が巻き起こった。 「くっ!」 ガイは咄嗟に空へと跳び上がり、烈風を回避する。 「来迎闇尖(らいごうあんせん)!」 「があぁっ!?」 女の右手が黒く光ったかと思うと、五つの鋭利な黒光がガイの体を刺し貫いた。 「これが『技』というモノだ」 体に五つの風穴が空いたガイが地上へ叩きつけられる。 「……五つの指から同時に暗黒のレーザーを……ごふぅ!」 立ち上がったガイは言葉の途中で吐血した。 「お前のソレは技で……俺の技は技じゃない……て言うのか……?」 「ふん、違いが解らぬのなら救いようがない」 「つっ……」 「ならばもっと解りやすい格の違いを見せてやろう……」 女の体がゆっくりと宙へと舞い上がっていく。 地上のガイが豆粒に見える高さまで上昇すると、女は右手を天へとかざした。 直後、右掌の上空の空間が白い閃光を放つ。 閃光が晴れると、代わりに白光でできた超特大の槍が存在していた。 超特大という言葉は誇張ではなく、白光の槍の全長は女の約百倍……全長140〜160mはある。 「……でかすぎだ……」 「消えよ、土塊!」 女は超特大の光槍を迷わず地上のガイへと投げつけた。 「ぐうう……」 超特大の光槍は一瞬で地上まで到達し、白光の大爆発がガイの姿を呑み尽くす。 「これで消えるようなら貴様も所詮ただの土塊……その程度のモノに我が贄たる資格は無い……」 「……贄の資格など欲しくはない……」 「むっ?」 白光の爆発の向こう側からガイの声が聞こえてきた。 地上全土へ拡散しようとしていた白光が集束し、球体を成していく。 「……反(カウンター)……」 白光の球体はどんどん収縮していき、背後に立っているガイの姿が露わになった。 収縮はさらに進み続け、ついには30p程の白光球となって剣(静寂の夜)に絡み付いている。 「五重奏(クィンテット)!!!!!」 ガイは剣を全力で振り切り、限界まで超圧縮された白光球を天空の女へと打ち返した。 「ほう……」 女は避けられなかったのか、避ける気がなかったのか、あっさりと白光球の直撃を許す。 そして、先程の五倍以上の白光の爆発が夜空を染め上げた。 「ふう……」 ガイは静寂の夜を放りだし、大地へと仰向けに倒れ込んだ。 そのまま白光で染め上げられた夜空を見上げる。 「片手打ちで五重奏なんて無茶するね、ガイも……」 大地へと突き立った静寂の夜が、人型(アルテミス)の姿をとった。 「ふん、殲風の修行で鍛えられた今の両腕なら……これくらいできて当然だ……」 「……でも、これで右腕も使い物にならなくなっちゃったね……」 アルテミスはガイの右横にちょこんと座り込む。 「ああ……それどころか、もう立ち上がる気力も残っていない……」 反五重奏を放った瞬間、ただ立っているだけの力も無くなった。 こうして倒れ込んでしまった今は、もう立ち上がることもできない。 「……ん?」 「え?」 ガイとアルテミスの視界に白い何かが横切った。 「羽?」 それは白い鳥の羽。 無数の白い羽が空から舞い降りてきていた。 「嘘……」 「く……最悪だな……」 舞い散る白羽の群と共に、一人の少女が天より降臨する。 白光の中に消し飛んだはずの「赤と黒の衣装を纏った女」だ。 いや、もうその呼び名は相応しくない。 二の腕(肩と肘の間)から手首にかけての着物の袖、ふんわりとしたティアードスカート……つまり衣装の黒い部分が全て無くなっていたのだ。 代わりに、両腕にはロンググラブが填められ、両足にはオーバーニーソックスが履かれている。 色は全て純白、フリルになっている根本が緋色のリボンで締められていた。 「天使……?」 そして最大の変化は、彼女の背中に巨大な天使の翼(一対の白翼)が生えていることだった。 「いいや、『神』だ!」 「うううっ!?」 「アルテミス!」 女が人差し指で虚空を弾くと、アルテミスが物凄いスピードで遠方へ吹き飛んでいく。 「人の身で神の槍を跳ね返すとは……見直したぞ、土塊……いや、黄金の騎士ガイ・リフレインよ」 そう言って、とても満足げな笑みを口元に浮かべた。 「ちっ……」 ガイは覚悟を決める。 立ち上がることもできない以上、抗う(戦う)ことは不可能だ。 「ふふふっ……」 女はガイの上に馬乗りになると、両手を彼の胸の上に置く。 「殺るならさっさと殺れ……今はお前の方が俺より強かった……それが全てだ……」 連戦……前の敵(フレイア、皇牙など)による深手と消耗、それを言い訳にするつもりはガイには欠片もなかった。 「潔いな……ますます気に入ったぞ、ガイ……」 「…………」 「……ふっ!」 女は右手を僅かに引いたかと思うと、再びガイの左胸へと叩きつけた。 「がっ……何を?」 ガイは妙な感覚を味わう。 女の右手がガイの左胸に突き刺さっていた。 突き刺さったといっても、ガイの左胸をまったく傷つけずに、すり抜けて……溶け込んでいると言った方が正確である。 「刻印(セメイオン)!」 「がははあっ!?」 女の声と共に、ガイの左胸が一瞬だけ眩しいほどの白光を放った。 「これでいい」 ガイの左胸から女の右手が引き抜かれる。 やはり、ガイの左胸には風穴どころか、掠り傷一つ付いていなかった。 「な……何をした……?」 心臓を鷲掴みにされて弄られた……ガイの味わった感覚はそんな奇妙なものである。 「刻印……貴様が未来永劫、我がモノである印を心臓に刻みつけた……ただそれだけのことだ」 「なんだと!?」 「んっ……」 女はガイの左胸に唇をつけたかと思うと、舌でペロリと舐めた。 「ぐぅぅ!?」 ガイの背筋に寒気が走る。 「ふふふっ……今日は楽しかったぞ。では、最後に貴様だけに我が真名を教えてやろう。我が名は……」 女はガイの耳元に唇を近づけると、短い言葉を紡いだ。 「ソ……ヴゥ!?」 「無闇に我が名を口にするな」 ガイの腹部に女の左掌が叩き込まれる。 「が……お前……え……」 「では、今宵はここまでにしておこう……」 女はガイの上から飛び離れ、そのまま空中に浮遊した。 「……そうだ、忘れるところだった……次の満月までに我に会いに来なければ貴様死ぬぞ」 朔月(新月)でなければ月があるはずの夜空に視線を向けながら、女は大したことではないようにさらりと告げる。 「なっ!?」 「十五日、いや、もう残り十四日……二週間か? とにかく次の満月、祭りの終わりまでに我を見つけ出すことだな。でなければ、刻印が貴様の心臓を喰い殺すぞ」 「ふざけるな! 何の……」 「では、ガルディアで待っているぞ、ガイ・リフレイン。次に会う時は本当の……」 「荒らすだけ荒らして、さよならはないだろう?」 爆音と爆風を巻き起こして駆けてきてギルボーニ・ランが、極東刀を突きだして女へと飛翔した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |